市政ニュース ・ 視察報告
2024年6月21日

【活動報告】能登半島地震支援活動(2024年6月12日~14日)報告

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2024年6月12日~14日、日本共産党横浜市議団(古谷やすひこ、白井まさ子、みわ智恵美、宇佐美さやか、大和田あきお各市議と政務調査員3人)は、能登半島の被災地を支援するボランティア活動と現地視察を行いました。はたの君枝前衆議院議員、あらき由美子前市議、飯田よしき衆院8区予定候補も参加しました。

能登半島の羽咋(はくい)市にある日本共産党と民主団体が立ち上げた「能登半島地震被災者共同支援センター」を拠点に、七尾市、珠洲(すず)市、輪島市に行きました。主な活動は、仮設住宅に移った被災者へ生活物資を届け、くらしの要望を聞きとる行動と現地被害と復興状況の視察です。

取り組みにあたって、横浜3地区委員会を通じて支援物資と募金を呼びかけました。

寄せられた物資は、車で運び(一部配送し)支援センターを通じて、仮設住宅等に避難している被災者に配布しました。

募金は、輪島市に届けました。坂口茂輪島市長に直接手渡しました。

届けた募金(義捐金)169万4,716円

【寄せていただいた募金の内訳】

横浜北東地区分  573,980円

横浜中央地区分  535,946円

横浜西南地区分  627,360円

諸費用 支援物資送料+小銭両替手数料 -55,357円

【寄せていただいた支援物資(全体)】

・米 350キロ ・お茶、水 30箱(2L×6本)

・野菜ジュース 3箱 ・カップラーメン 4箱

・レトルトカレー 4箱 トイレットペーパー 2箱   

・缶詰、スープ 2箱 ・ラップ類 ・お菓子

ご協力ありがとうございました

【活動詳細】

6月12日(水)

仮設住宅聞き取り

液状化の被害受けた温泉街を視察

初日は、午後1時頃に能登半島の付け根にある羽咋市にある「能登半島地震被災者共同支援センター(以後支援センター)」に到着し、黒梅明事務局長から発災から今日までの被災地の様子や支援活動についてのレクチャーを受け、全国から集まった支援物資を車に詰め込み、七尾市田鶴浜多目的グランドに設置されている仮設住宅に向かいました。

仮設住宅では、一軒一軒訪問して、お渡し袋(米、水、テッシュ、トイレットペーパー、じゃがいも等)を渡しながら、現在の生活状況、お困りごと、要望などを聞き取りました。話を聞けた方々は、2年後に仮設住宅を出なければいけない不安を語っていました。

行動終了後、地震による液状化で壊滅的な被害を受けた和倉温泉街を視察。ほとんどのホテル、旅館が被害を受け、人影が無い町はゴーストタウンの様相でした。

6月13日(木)

波打つ街道を通り

地震と津波の被害にあった珠洲市へ

行動2日目は、支援センターで支援物資を積み込み、地震と津波の2重被害を受けた珠洲市の宝立小学校仮設住宅へ向かいました。珠洲市には羽咋市から、のと里山海道を走り、穴水市を経由して向かいました。のと里山街道は、穴水市に近づくにつれて、隆起、陥没、崩落などの個所が多くなる印象です。暫定的な舗装やう回路を整備し、右に左に車線変更しながら進みました。1車線だけ確保されており、金沢市から穴水市まで下り車線は全線通行が可能となっていました。

仮設住宅での支援行動後に、避難地域にお一人だけで住んでいる高齢女性宅を訪問して生活状況をお聞きし、さらに珠洲市から輪島市に抜ける海岸道路の崩落現場と隆起した海岸を視察しました。崩落現場は数か所にわたり発生しており、珠洲市と輪島市を結ぶ海岸道路は1月1日以降、ずっと不通のままです。

のと里山海道上りは、まだ通行止め区間があり、珠洲市から七尾市に向かって海岸道路を通り、七尾市から里山海道で金沢市まで帰りました。帰りは事故による大渋滞に巻き込まれ、5時間近い行程で金沢市には夜8時半すぎに到着しました。

6月14日(金)

地震の爪痕が色濃く残る輪島市へ

行動3日目。朝6時にホテルを出発し、輪島市に向かいました。輪島市では、日本共産党市議の鐙(あぶみ)史朗議員と合流。鐙議員の案内のもと、最初に輪島港に向かいました。輪島港周辺地域は海底が1m~2m隆起し、水深が1m程度となり、港として使用できなくなっています。現在、港内では土砂を取り除く浚渫(しゅんせつ)作業が進められていました。

輪島港近くに有名な朝市がたつ商店街があります。商店街は家屋の倒壊に加え、火災が発生し、大きな被害を出しました。地震発生が元日だったことから、灯油の備蓄が普段より多く、車のガソリンは満タン。火災発生時に津波警報が出されていたこと、役所など公的機関が休みだったことなどが複合的に重なり、被害が拡大したと鐙議員が説明。その後、輪島市立鳳至(ふげし)小学校の敷地に設置中の仮設住宅を視察。そこの仮設住宅は「熊本モデル」と呼ばれる木造平屋の長屋タイプ。2年後は公営災害住宅として住み続けることができる仕様です。小学校の体育館には今も約50人が避難しているとのこと。発災時は800人が駆け込んだが、食料や毛布などの備蓄もなく、数日間は飲まず食わずで、電気もない、寝られない過酷な環境だったとのことです。現在はやっと冷風装置が付いたとのことでした。

 その後輪島市役所会議室で鐙議員と懇談。

鐙議員からはこの間、党が要求していた子育て支援策が大きく前進したこと。65才以上が約半分となる超高齢化社会の中で働ける人が減り、午後3時で店が閉じるようになってしまった。輪島市では子育てができないと若い人たちが金沢市に移っているなどの輪島市の現状が報告されました。

困難を抱える福祉施設

昼食休憩後には、グループホーム「もんぜん楓の家」を訪問。同グループホームから支援センターに食料が底をつきそうだと連絡があり、支援センターから運んだ食料をお渡しし、施設長と懇談しました。施設長は、同施設は定員18名のところ、26人が入所しており、市からは定員を守るよう指導されているが、要介護の方は仮設住宅には入れず、行先が見つからない。同施設駐車場に福祉仮設住宅建設を要望している。この場所に福祉仮設住宅があれば、我々が訪問介護できる。請願も出しているのでぜひ協力してほしいとの訴えがありました。

グループホーム訪問後、海底が4m隆起した門前町鹿磯を視察。最後に門前町にある憲法9条の碑を見学して今回の視察を終えました。

被災地の現状をもっと発信しなければ

横浜で教訓生かす改善を求めていく

古谷やすひこ団長

古谷やすひこ党市議団団長は「課題は沢山あります。5カ月以上たっているのに被災地の惨状は改善していない。復興がなかなか進んでいない。国を動かさないといけない。だから現地へ直接行き、見聞きした私たちがもっともっと現状を発信しなければいけない。支援の継続と情報発信がますます重要になっていると感じます」と振り返り、「横浜でも能登半島地震の教訓生かす改善を行政に求めていきます」と述べました。

発行:2024年6月20日 日本共産党横浜市議団 横浜市中区本町6-50-10市役所内 電話045-671-3032  

※今回の支援行動は、政務活動費は使っていません。全て党市議団の自費で行いました。


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