10月29日、日本共産党横浜市議団は、横浜市金沢区にある旧米軍施設「小柴貯油施設跡地」で発生した地下タンク落下死亡事故(8月25日)の現地視察を行いました。
事故が発生してから、2か月余が立ちますが、どうして事故が起きたのか、横浜市に様々な点を問いただしても、肝心なことは警察が捜査中を理由にされて、ほとんど回答が得られない実態にあります。現場調査要請についても、なかなか聞き入れてもらえず、のびのびにされてようやく10月29日に実現に至ったものです。
調査先は、事故の起きた土砂仮置き場(A)と、搬入が最初に行われた作業済の土砂仮置き場(B)の2か所です。(資料1中央写真を参照)
【資料1】
亡くなった作業員は、第二次の下請け会社の社員です。5月15日に横浜市がB地点で行った作業打ち合わせ会には立ち会っていません。
この打ち合わせ会では、横浜市は、公園内の仮置き場所(A、B)まで土砂搬入するルートを記した地図(資料2)を使用しています。その地図には、仮置き場所(A、B)の地下タンクは記入されていません。また、仮置き作業場所をB地点からA地点に移す時には、現地打ち合わせ会は開かれていません。
【資料2】
現地で確認できたことは以下の3点です。
1、 A 土砂は地下式タンクの際まで積み上げられていた。タンク周辺部分は事故対応時に整地されたため低くなっている。写真①
2、 A 落下しなかったタンク蓋部分にも大量の土砂が積み上げられていた。
写真②③
3、 B 地下タンク(写真④左側に位置し樹木に覆われている)から10数㍍離れてところに5㍍(目測)ほど二段で盛り土されていた。あきらかにAとは異なったタンク地点からの盛り土の仕方であった。
写真④
A地点のタンクで亡くなった作業員が、タンクの蓋の上にまで土砂を積み込んでいたことが現認できました。なぜそこで作業していたのかは、解明はこれからです。タンクが明示されていない地図を見て作業に当たっていたとしたら、危険を察知できなかったのも当然のことです。タンクの存在を知らないまま作業していたのではないかと思わざるをえませんでした。横浜市の見解は「担当者がどのように地下タンクのある位置や危険性を業者に伝えていたかは、警察が捜査中しているので回答を控える」というものです。
警察の捜査が待たれますが、警察任せでは、議員の存在意義が問われてしまいます。真相解明に迫る取り組みを継続してまいります。
旧小柴貯油施設の死亡事故 市の責任を果たせ
9月25日、横浜市会の決算特別委員会連合審査で問題を取り上げました。質問と答弁の全文はこちらです。